• イラストレーター潤咲良のWEB SITEです
    日常の気になった出来事をつぶやいています。
    イラストは「シンプルなイラスト(モノクロ版)」を使用しています。
    ヘルシーな食事

     ピーク時には唐揚げや焼肉など1キロ単位で料理していました。子供たちも独立して野菜中心のヘルシーな生活が送れるかと思いきや、中年夫婦の料理としてはちょっとカロリーが高めの食事が継続しています。実は料理が苦手な私は買ってきたお惣菜を並べるのが得意で時間短縮を言い訳として食卓に総菜を並べています。スーパーのお惣菜コーナーでつい手にとってしまう、習慣とは恐ろしいものです。
     内臓脂肪を指摘されてから、ここで改めないと健やかな老後は送れないと不安になりヘルシーな食事を心がけようと思い立ちました。まずは一人分の料理にチャレンジしたところ意外に難しく作り過ぎてしまいます。結局必要以上に食べてしまうという、これも何だか違うんじゃないかと首を傾げる始末。美味しくてヘルシーな食事を適量作れる人、本当に尊敬します。

    落とした薬飲みますか

     朝の動作がポンコツな私は薬を取り出す際、手からこぼれ落ちることがあります。どうしても見つからない時は、仕方なく新しい薬を取り出すことになりますが、後で掃除をしているときに見つけたとき捨てるべきか次回に飲むべきか悩み、結局捨ててしまうことになり、もったいない気もしています。
    お菓子を落としたときに3秒ルールを適用して拾って食べてしまう事が身についているからでしょうか、薬も口に入れるものなので同様の感覚なのだと思います。そもそも薬を落としてはいけないですよね、手のひらから逃げられないように本日もそーっと口に運び1日が始まります。
     内緒の話ですが、薬をコーヒーで飲んで周囲からやめるように厳しく止められます。持論としては、薬を水で飲んでもその後すぐにコーヒーを飲むから同じだと思うのですが、本当は駄目なのでしょうね。くれぐれも良い子は真似しないでくださいね。駄目な理由があるはずですから。

    肩を貸します

     10年以上前の話でしょうか、私の祖母は102歳まで天寿を全うしました。とても元気で、まるで台風のようだったと記憶しています。
     95歳を超えた頃から施設のお世話になり100歳の誕生日に祖母が久々に帰宅したときのこと、息子を連れて実家にお祝いに行きました。祖母は自分の家を忘れてしまったのか帰宅して早々に「お世話になりました」と深々と頭を下げて施設に戻ろうとしたのです。家族みんなで引き止めにオロオロしていましたが、息子がちょっと肩を貸したら満面の笑みを浮かべ落ち着きました。若者が手を差し伸べてくれるのは幾つになっても嬉しいのかとニヤニヤしてしまいました。曽孫に肩を貸してもらえるなんて幸せな人生だこと。
     人生100年時代といわれ先々の不安もありますが、もしも100歳まで生きていたら祖母のように若者に肩を貸してもらいニコニコと暮らしていける人生でありたいものです。

    どこまで歩く?

    運動不足の解消にと電車に乗ったら目的地手前で降りて散歩を心がけています。
    例えば銀座線に乗って浅草に行くのに稲荷町で降りて歩く、JR総武線に乗って御茶ノ水に行くのに水道橋で降りて歩くなど時間に余裕を持って家を出ることで続けることができます。まずは続けられそうな運動を探そうと決めて、先日浅草から秋葉原まで2.6キロ歩きましたが無理は禁物です、疲れました。頑張りすぎると続かないので気持ちよく歩ける距離でいいかなと反省しました。今のところ丁度いい距離は浅草から浅草橋までの1.5キロでしょうか、蔵前も散策できていい感じです。

    そうだ歯医者にいこう

    お口の健康を気にされている方は多いと思いますが、過去に歯医者さんに歯の磨き方が悪いと指導されたことがあり、それからモーレツに歯磨きに凝っています。 おかげさまで現在は定期的にチェックする程度ですが、一度褒められると調子に乗って次の検診を1ヶ月後に予約しようとしました。すると「そんなにすぐに来なくても良いですよ〜」と諭され、結局検診は2ヶ月後となりました。 そして2ヶ月後、次の予約の際「そんなにすぐ来なくて良いですよ〜」と諭され今度は4ヶ月後にいくことになりました。 歯医者さんに通う頻度ってどのくらいが正解なのかしらと考えつつ、次の検診を楽しみにしています。

    病名に年齢を入れないで

     40肩、50肩という病名が不服なのは私だけでしょうか。40代、50代で加齢により発症するのでこのような呼ばれ方をするようです。肩関節周囲炎というのが正式な病名のようですね。
     過去には痛すぎて病院に飛び込んだりしましたが、気がつくと痛みはなくなりました。痛いというのは他人から見えるものではないので辛いものですね。寝返りを打てない、パンツがはけないという残念な生活を強いられましたが、現在ではすっかり良くなり痛みはなくなりました。今考えると周囲に40肩だからと説明していたのは自分の年齢を公表していたことになるのですね、今頃になってちょっと恥ずかしいです。

    ポテチは悪者ですか?

     ストレス解消は食べることです。今まで我慢していたジャンクフードやスイーツを解禁したことで体重増加が気になりストレスが溜まるという逆効果になってしまいました。
     身体のネガティブなことは身内といえども遠慮して口に出しにくいものですがお医者様は容赦無く指摘してくれます。しかも体重増加ではなく内臓から攻めてくる。脂肪肝は恐ろしいから痩せなくちゃイカんと焦ります。10キロ減を達成したいものです。まずはポテチ習慣をやめられるかどうか、ポテチだけが悪者ではないのですが、やっぱりやめるとしたらここからなんでしょうか、ポテチの日とか決めて食べるのはどうでしょうか、未だポテチを我慢することができず次回の定期検診までには何とかしたいと思っています。

    丁寧な説明

     家族が手術する出来事がありまして、付き添いで話を聞いてきました。お医者様は画像を見ながら細かく丁寧に説明してくださいました。
     当事者は前のめりで聞いていましたが、最後に「何か質問ありますか」と聞かれ「検査の前日は献血できますか?」と質問していました。お医者様は「いやダメでしょ」と即答、当たり前です、入院患者の血いらないでしょ。丁寧に説明されても頭の中は現実逃避してるのでしょうか、献血?と思わずツッコミを入れたくなりました。
    まぁ入院中も元気に洗濯をしていたようですから、もしかしたら本気で献血する気だったのかもしれません。
    何はともあれ無事退院、素晴らしい医療従事者の皆様お世話になりました。

    丼の記憶

     丼物の記憶を辿ってみると、子供の頃天麩羅は大皿に野菜天が山盛り、トンカツは近所の肉屋さんで揚げてくれたお惣菜がそのまま並び(いやメンチカツだったかしら)、牛肉の類は100%登場していないというところまで思い出しました。つまり丼物はほとんど登場していなかったようです。実家は食卓の中央にドーンと肉じゃがが据え置かれる大皿料理が主流でした。
     一人暮らしを始めたときには食器が少なくて済むという理由から皿の上にご飯と目玉焼きをのせてワンプレートで食事をしていました。そこから皿が丼になり目玉焼き丼として食卓に並ぶようになったのが自分で作った丼物の記憶の始まりだと思います。
    今では天丼や牛丼などの飲食店もご近所にあり便利ですが、テイクアウトの丼物は私にはちょっと多すぎるので、自分でご飯少なめ、汁だくの親子丼を作ることにします。


    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

    CAPTCHA